東京高等裁判所 平成5年(行ケ)224号 判決 1995年9月13日
大阪府守口市京阪本通2丁目5番5号
原告
三洋電機株式会社
代表者代表取締役
高野泰明
訴訟代理人弁理士
岡田敬
同
田中康博
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
指定代理人
遠藤政明
同
今野朗
同
土屋良弘
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成4年審判第23993号事件について、平成5年10月21日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和58年6月21日、名称を「光起電力装置の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭58-112093号)が、平成4年10月12日に拒絶査定を受けたので、同年12月17日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成4年審判第23993号事件として審理したうえ、平成5年10月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月26日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
基板の絶縁表面に半導体膜を主体とする複数の光電変換領域を配置しそれ等の領域を電気的に直列接続せしめた光起電力装置の製造方法であって、上記絶縁表面に被着された電極膜を各光電変換領域毎に個別に分割せしめるべく、該光電変換領域の隣接間隔部にレーザビームを照射すると共に、上記直列接続を構成する各光電変換領域の上記電極膜から成る電極膜群、の最外周に該電極膜群が囲まれるようにレーザビームを照射する工程を含んでいることを特徴とした光起電力装置の製造方法。
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願日前に出願され、本願出願日後に公開された特願昭57一206808号(特開昭59-96779号公報)の願書に最初に添付された明細書及び図面(以下「引用例」といい、その発明を「引用例発明」という。)に記載された発明と実質的に同一のものであるから、特許法29条の2の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨及び引用例の記載事項<1>及び<2>の認定(審決書2頁3行~3頁13行)、本願発明と引用例発明の一致点及び相違点の認定(同4頁7行~5頁3行)はいずれも認めるが、引用例の記載事項<3>の認定及び引用例についての総合判断(同3頁13行~4頁6行)並びに本願発明と引用例発明の相違点の判断(同5頁9行~16行)は争う。
審決は、引用例発明の技術内容を誤認し、本願発明と引用例発明との相違点の判断を誤り(取消事由1)、また、本願発明の顕著な効果を看過し(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(引用例発明の技術内容の誤認に基づく相違点の判断の誤り)
(1) 本願発明は、本願明細書(甲第2~第4号証)に記載されているとおり、光エネルギーを直接電気エネルギーに変換する光起電力装置の製造方法に関するものである(甲第2号証明細書1頁14~15行)。
光起電力装置は、絶縁基板上に並設された光電変換領域からなるものであり、その光電変換領域は、第1電極膜、その上に薄膜状光半導体膜、さらにその上に第2電極膜を順次重畳せしめた積層構造からなり、ある光電変換領域の第1電極膜は隣接する光電変換領域の第2電極膜と直接結合し、複数の光電変換領域は電気的に直列接続されている(同2頁4行~3頁3行)。
従来例においては、各光電変換領域の第1・第2電極膜同士がなんらかの原因で接触する結果、当該光電変換領域を短絡せしめる事故が発生していた(同4頁3~7行)。
本願発明の目的は、光電変換領域の短絡事故を防止し、装置の製造歩留りを向上せしめることにある(同4頁11~12行)ところ、本発明者らは、上記短絡事故においては、各光電変換領域の第1電極膜同士が導通状態にあり、その導通の原因は、絶縁基板の側面及び他主面に第1電極材が付着しており、第1電極材の付着膜を介して絶縁状態にある第1電極膜同士が導通することにあることを解明した(同5頁15行~6頁7行)。
本願発明は、このような第1電極膜同士の導通を防止することを目的として、本願発明の要旨のとおりの構成をとったものである。
すなわち、本願発明は、その構成要件の1つである「光電変換領域の隣接間隔部にレーザビームを照射する」ことにより、絶縁基板の表面の第1電極膜の隣接間隔部が除去されて開溝が形成され、各光電変換領域毎に個別に分割せしめられると共に、「直列接続を構成する各光電変換領域の上記電極膜から成る電極群、の最外周に該電極膜群が囲まれるようにレーザビームを照射する」ことにより、上記間隔部における開溝とともに、第1電極膜に各光電変換領域の直列接続方向と平行な方向(各光電変換領域間の隣接間隔部と直交する方向)における2つの開溝(X開溝)及び直列接続方向と直交する方向(と平行な方向)における2つの開溝(Y開溝)の4つの開溝を最外周に形成し、もって第1電極膜同士の短絡事故を防止するものである。
そして、これらの4つの開溝は、第1電極膜から成る電極膜群の最外周に該電極膜を囲むように設けられるから、この開溝によって絶縁基板の一主面において電気的に分離した島領域を形成するものである。
(2) これに対し、引用例には、電極膜群の最外周に電極膜群が囲まれるようにレーザビームを照射することに関して記載がないことは、審決も認定するとおり(審決書4頁20行~5頁2行)であるうえ、この点は、実質的にも、引用例には開示されていない。
すなわち、まず、引用例発明においては、透光性基板(1)の上面に被着される第1の電極形成用の透光性導電膜が基板の全面にわたって被着されるものではない。このことは、引用例(甲第5号証)の図面第2図(A)に示されているように、基板の左側の側端近傍には、基板の上面の部分には第1の電極(2)が存在しないし、光電変換素子を形成する領域の第1の電極(2)の左端部には右端部にあるような第1の開溝(13)が存在しないことから、もともと第1の電極(2)の左端部から基板の左端部までの領域には第1の電極形成用の透光性導電膜が被着されていないと推認できる。
そして、このように第1の電極形成用の導電膜が絶縁基板である透光性基板上の全面に被着されないものにあっては、本願発明の問題点、すなわち、基板の側面及び他主面に付着した電極材による第1電極膜同士の短絡事故はそもそも生じない。引用例発明の開溝(13)は、引用例に「開溝(13)を形成させ、各素子間に第1の電極(2)を作製した」(同号証3頁右下6~7行)と記載されているとおり、各素子間に第1の電極を作製するためのものであって、透光性基板の側面及び他主面に付着した電極材の付着膜による第1の電極膜同士の短絡事故を防止するためのものではない。
引用例の第3図(B)に関しては、「第3図(B)は・・・第1、第2、第3の開溝(13)、(18)、(20)が設けられている。・・・半導体(3)が第1の電極(2)をおおう構造にして第1、第2の電極間でのショートを少なくさせることが特徴である」(同5頁右下10~15行)と記載されているとおり、引用例発明は、第1、第2の電極間でのショートを少なくさせるために上記各開溝を設けたものであって、第1電極膜同士の短絡事故を防止するという課題の解決を目的とするものではない。
(3) 本願発明と引用例発明とを対比すると、両発明は、複数の光電変換領域を直列接続した光起電力装置の製造において、絶縁基板上に被着した電極形成用導電膜にレーザビームを照射して、前記導電膜を各光電変換領域ごとに個別に分割するため、光電変換領域の隣接間隔部における開溝と、直列接続方向に平行な方向(隣接間隔部に対し直交する方向)における開溝(X開溝)を設けるためにレーザビームを照射する点においては一致するが、本願発明においては、本願発明の課題である絶縁基板の側面及び他主面に付着した第1電極材による第1の電極膜同士の短絡を防止するために、各光電変換領域の両端の光電変換領域と絶縁基板の左右の両側端との間に直列接続方向に直交する方向における開溝(Y開溝)を設け、これにより、直列接続方向に平行な方向における開溝(X開溝)とともに、最外周の開溝を形成するものであるのに対し、引用例発明においては、前示のとおり、第1の電極膜が絶縁基板の全面に被着されないものであるから、本願発明のように各光電変換領域の両端の光電変換領域と絶縁基板の左右の両側端との間に直列接続方向に直交する方向における開溝(Y開溝)を設ける必要がなく、電極膜群を囲む最外周の開溝は形成されていないし、この開溝を設けるためにレーザビームを照射する工程はない。
このように、引用例発明は、第1電極膜同士の短絡事故を防止するために前記の電極膜群を囲む最外周の溝を設けた本願発明と異なることは明らかであり、したがって、審決が、引用例発明においても、「レーザビームは絶縁基板上全面に被着した透光性導電膜を各光電変換領域毎に完全に分割するように照射する即ち各光電変換領域の電極形状の外周を形成するように走査して照射している」と認定したことは誤りである。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)
本願発明の効果は、前記のように、第1電極膜は電気的にも確実に分離され、第1電極膜同士の導通を原因とする光電変換領域の短絡事故を防止することができることである。
これに対し、引用例発明の効果は、前記のように、第1、第2電極間でのショートを少なくさせることである。
したがって、両者は、短絡事故防止という点で共通する部分もがあるが、それ以外の上記効果については、顕著な差異がある。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1について
(1) 本願明細書(甲第2~第4号証)によれば、本願発明は、「第4図に示す如く、各光電変換領域の隣接間隔部へのレーザビームの照射に加えて、各光電変換領域(2a)(2b)(2c)毎に分割せしめられる、3つの第1電極膜(3a)(3b)(3c)からなる電極膜群の最外周に対してこれら電極膜群が囲まれるようにレーザビームを照射」(甲第3、第4号証の各補正の内容(ロ)(2))するというのであって、各電極膜毎に分割した後にレーザビームを照射しなければならないものではないことは明らかである。
このように、本願発明においては、絶縁基板上全面に被着した電極形成用導電膜を各光電変換領域毎に分離した後に、直列接続される電極群の外周にレーザビームを照射されなければならないものではなく、隣接間隔部に対し直交する方向の開溝(X方向開溝)と隣接間隔部と平行な方向の開溝(Y方向開溝)を形成するために、両方向にレーザビームを照射して各電極の外周のすべてにレーザビームが照射されさえすれば、本願発明の目的は達成されるのである。
(2) 引用例(甲第5号証)には、絶縁基板上面において複数の光電変換領域を電気的に直列接続して光電変換装置を構成する場合、従来においては、引用例図面(第1図)に示されるように、マスクを用いて絶縁基板主面に直接選択的に光電変換領域毎の電極膜を形成していたものを、レーザスクライブ方式を用いることにより、全くマスクを用いることなく各光電変換領域毎の電極膜を形成することが記載されている。
そして、絶縁基板上面において複数の光電変換領域を直列接続した光起電力装置にあっては、直列接続される各光電変換領域及び電極膜はすべて同じ大きさであって、また、基板の長手方向端には、光起電力装置の端子電極を形成するための領域が光電変換領域に重ならない形で必要であることは技術常識である。
したがって、引用例には、絶縁基板上面のすべてに被着した透光性導電膜から、レーザスクライブ方式により各光電変換領域毎の電極膜に分離して形成するために、隣接間隔部に開溝を形成するとともに、各光電変換領域の直列接続方向と平行な方向(隣接間隔部と直交する方向)における2つの開溝(X開溝)と、直列接続方向と直交する方向の開溝(Y開溝)を形成するためにレーザビームを照射すること、すなわち、光電変換領域の各電極の外周のすべてにレーザビームを照射し開溝を形成することが記載されていることは明らかである。
(3) 上記のとおり、本願発明と引用例発明とは、複数の光電変換領域を直列接続した光起電力装置の製造において、絶縁基板上の全面に被着した電極形成用導電膜にレーザビームを直列接続方向に直交する方向と平行する方向の両方向に照射して各電極に分離することにおいて一致し、その照射を、具体的にどのように行うかにおいて差異があるにすぎないのであって、この差異は、審決の述べるとおり、当業者が実施に当たり適宜選択できることにすぎないから、両者の構成は実質的に同一である。
2 取消事由2について
上記のとおり、引用例発明において、形成された各光電変換領域毎の電極膜は、絶縁基板全面に被着された透光性導電膜にレーザビームを走査して照射することにより形成された溝によって、透光性導電膜の他の部分とは完全に分離されており、発明の構成が実質的に同一である以上、本願発明と同じ作用効果を奏することは自明である。
また、本願発明のように「直列接続を構成する各光電変換領域の上記電極膜から成る電極膜群、の最外周に該電極膜群が囲まれるように」、換言すれば直列接続を構成する各光電変換領域の電極膜群の最外周を一筆書きするようにして行っても何ら格別の効果を奏するものではない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(引用例発明の技術内容の誤認に基づく相違点の判断の誤り)について
(1) 本願発明と引用例発明とが、「基板の絶縁表面に半導体膜を主体とする複数の光電変換領域を配置しそれ等の領域を電気的に直列接続せしめた光起電力装置の製造方法であって、上記絶縁表面に被着された電極膜を各光電変換領域毎に個別に分割せしめるべく、該光電変換領域の隣接間隔部にレーザビームを照射すると共に、上記隣接間隔部に対し直交する方向にもレーザビームを照射する工程を含んでいる点で一致している」(審決書4頁8~16行)こと、また、「本願発明においては、光電変換領域の隣接間隔部及び直列接続を構成する各光電変換領域の電極膜から成る電極膜群の最外周に該電極膜群が囲まれるようにレーザビームを照射するのに対して、引用例には、電極膜群の最外周に電極膜群が囲まれるようにレーザビームを照射することに関しては記載されていない点において一応相違する」(同4頁16行~5頁3行)ことは、いずれも当事者間に争いがない。
そして、本願発明における電極膜群の最外周に該電極膜群が囲まれるようにレーザビームを照射して形成される最外周の開溝は、光電変換領域の直列接続方向に平行な方向(隣接間隔部に対し直交する方向)における2つの開溝(X開溝)と、各光電変換領域の両端の光電変換領域と絶縁基板の左右の両側端との間に上記直列接続方向と直交する方向(隣接間隔部と平行する方向)における2つの開溝(Y開溝)により形成されるところ、前者の開溝を設けるためにレーザビームを照射することが引用例に開示されていることは、原告の自認するところであるから、本願発明と引用例発明とが実質的に同一であるか否かの判断については、引用例において、本願発明のように、各光電変換領域の両端の光電変換領域と絶縁基板の左右の両側端との間に直列接続方向と直交する方向における2つの開溝(Y開溝)を形成するためにレーザビームで照射することが開示されているか否か、という点に絞って考えることができる。
(2) 引用例(甲第5号証)には、その図面第2図に関し、「第2図は本発明の製造工程を示すたて断面図である。図面において透光性基板(1)・・・の上面に全面にわたつて透光性導電膜・・・を真空蒸着法・・・により形成させた。この後この基板の下側または上側より、YAGレーザ加工機・・・により出力5~8W出力を加え・・・マイクロコンピュータを制御して照射しその走査によりスクライブライン用開溝(13)を形成させ、各素子間に第1の電極(2)を作製した。スクライビングにより形成された開溝(13)は・・・第1の電極それぞれを完全に切断分離した」(同号証3頁左下欄12行~右下欄10行)と記載されており、これによれば、引用例発明において、透光性基板(1)の上面に全面にわたって透光性導電膜を形成すること、レーザ照射によって形成したスクライブライン用開溝(13)は、上記透光性導電膜を完全に切断分離して、第1の電極を作製するものであることが明らかである。
この点につき、原告は、引用例の図面第2図(A)には、左側端部に透光性導伝膜が被着されていないように図示されていることを根拠として、引用例発明においては、透光性基板(1)の上面に被着される第1の電極形成用の透光性導電膜が基板の全面にわたって被着されるものではないと主張するが、発明の詳細な説明には、上記のとおり、「図面において透光性基板(1)・・・の上面に全面にわたつて透光性導電膜・・・を真空蒸着法・・・により形成させた」と記載されているのであるから、引用例発明においても、第1の電極形成用の透光性導電膜が透光性基板の全面にわたって被着されるものであることが開示されていることは明らかである。
そして、引用例には、図面第5図に関し、「第5図は電卓用等の大きなパネルより小さな光電変換装置を同時に多量製造せんとした時の外部引出し電極部を拡大して示したものである。第5図(A)は第2図に対応している・・・」(同6頁左上欄19行~右上欄2行)との記載があり、同第5図(A)の記載をみれば、一つの単位の光電変換装置について、第1の電極形成用の透光性導電膜が透光性基板上面の全面にわたって被着されていることが認められ、このことも上記認定を裏付けるものといえる。
したがって、引用例発明においては、透光性基板(1)の上面に被着される第1の電極形成用の透光性導電膜が基板の全面にわたって被着されるものではないとの原告の主張は理由がない。
(3) 引用例には、「同一基板上に設けた複数の半導体薄膜素子(原文の「表子」は「素子」の誤記と認める。)を電気的に直列接続する光電変換装置における基板上の電極は、従来においてはマスクを用いて選択的に被着するか又は基板上に全体的に形成された導体をマスクを用いて選択的にエッチング除去して形成していたが、マスクを用いることなくレーザスクライブにより形成すること」(審決書3頁3~9行)が記載されていることは当事者間に争いがない。
そして、引用例発明において、透光性基板(1)の上面に全面にわたって透光性導電膜を形成すること、レーザ照射によって形成したスクライブライン用開溝は、上記透光性導電膜を完全に切断分離して、第1の電極を作製するものであることは、前示のとおりである。
また、引用例には、図面第3図(B)に関し、「第3図(B)は平面図を示し、またその端部(図面で下側)において第1、第2、第3の開溝(13)、(18)、(20)が設けられている。この方向でのリークをより少なくするため、半導体(3)が第1の電極(2)をおおう構造にして第1、第2の電極間でのショートを少なくさせることが特徴である。」(甲第5号証5頁右下欄10~15行)との記載がある。
以上のことを総合すると、引用例発明においては、絶縁基板上に各光電変換領域毎の透光性導電膜を形成する方法として、絶縁基板上全面に被着した透光性導電膜にレーザビームを照射すること、その照射の方法は、この透光性導電膜を各光電変換領域毎に分割して短絡を防止するために、光電変換領域の直列接続方向に平行な方向と、直列接続方向と直交する方向に照射するものであること、したがって、結局、光電変換領域の隣接間隔部に開溝を形成するとともに、光電変換領域の直列接続方向に平行な方向(隣接間隔部に対し直交する方向)における2つの開溝(X開溝)と、各光電変換領域の両端の光電変換領域と絶縁基板の左右の両側端との間に上記直列接続方向と直交する方向(隣接間隔部と平行する方向)における2つの開溝(Y開溝)を形成するものであることが認められる。
(4) 本願発明の「上記直列接続を構成する各光電変換領域の上記電極膜から成る電極膜群、の最外周に該電極膜群が囲まれるようにレーザビームを照射する工程」とは、電極膜群の最外周に該電極膜群が囲まれるように開溝を形成するためにレーザビームを照射する工程を意味すると解すべきであり、必ずしも、光電変換領域の隣接間隔部における開溝を形成するためにレーザビームを照射する工程とは別工程として、電極膜群が囲まれる最外周の開溝を形成するためのレーザビーム照射工程を設けることを意味するものではないと解されるから、引用例発明において、レーザビームの照射が、光電変換領域の直列接続方向に平行な方向(隣接間隔部に対し直交する方向)にレーザビームを照射して、この方向における開溝(X開溝)を形成するとともに、直列接続方向に直交する方向(隣接間隔部に平行な方向)にレーザビームを照射して、隣接間隔部における開溝と、光電変換領域の両端の光電変換領域と絶縁基板の左右の両側端との間の開溝(Y開溝)を形成しているとしても、この工程が、本願発明の上記工程に該当することは明らかである。
したがって、審決が、引用例発明においても、「レーザビームは絶縁基板上全面に被着した透光性導電膜を各光電変換領域毎に完全に分割するように照射する即ち各光電変換領域の電極形状の外周を形成するように走査して照射している」(審決書5頁14~18行)と認定したうえ、「基板上の全面に被着された透光性導電膜にレーザビームを各光電変換領域毎の電極形状の外周を形成するように照射するために、レーザビームを具体的にどのように走査させるかは当業者が実施に当り適宜選択し得ることに過ぎない」(同5頁18行~6頁3行)として、本願発明と引用例発明とが実質的に同一であると判断したことに誤りはない。
取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)について
上記のとおり、引用例発明においては、形成された各光電変換領域毎の電極膜は、絶縁基板全面に被着された透光性導電膜にレーザビームを走査して照射することにより形成された開溝によって完全に分離されており、第1電極膜同士の導通による短絡事故の防止という目的も達成されているものと認められるから、本願発明と同じ効果を奏するものであることは明らかである。
原告は、本願発明と引用例発明とは、技術課題及び目的が異なる旨主張するが、本願発明と引用例発明とは、結局、複数の光電変換領域を直列接続した光起電力装置の製造において、第1電極膜を開溝により完全に分離するために、絶縁基板上の全面に被着した電極形成用導電膜にレーザビームを直列接続方向に直交する方向と平行する方向の両方向に照射することにおいて差異はないというべきであるから、効果においても原告が主張するような格別の差異が生ずると認めることはできない。
取消事由2も理由がない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)
平成4年審判第23993号
審決
大阪府守口市京阪本通2丁目18番地
請求人 三洋電機株式会社
大阪府守口市京阪本通2丁目18番地 三洋電機株式会社 知的財産部
代理人弁理士 西野卓嗣
群馬県邑楽郡大泉町大字坂田180番地 三洋電機株式会社 AV事業本部
代理人弁理士 安富耕二
群馬県邑楽郡大泉町大字坂田180番地 東京三洋電機株式会社
代理人弁理士 岡田敬
昭和58年特許願第112093号「光起電力装置の製造方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和60年1月9日出願公開、特開昭60-3164)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願は、昭和58年6月21日になされた特許願であって、その発明の要旨は、補正された明細書及び出願当初の図面の記載からみて、平成5年1月14日付手続補正書の特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「基板の絶縁表面に半導体膜を主体とする複数の光電変換領域を配置しそれ等の領域を電気的に直列接続せしめた光起電力装置の製造方法であって、上記絶縁表面に被着された電極膜を各光電変換領域毎に個別に分割せしめるべく、該光電変換領域の隣接間隔部にレーザビームを照射すると共に、上記直列接続を構成する各光電変換領域の上記電極膜から成る電極膜群、の最外周に該電極膜群が囲まれるようにレーザビームを照射する工程を含んでいることを特徴とした光起電力装置の製造方法。」
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された本願の出願日前に出願され、その出願日後に公開された特願昭57-206808号(特開昭59-96779号公報)の願書に最初に添付された明細書及び図面(以下「引用例」という。)には、<1>同一基板上に設けた複数の半導体薄膜表子を電気的に直列接続する光電変換装置における基板上の電極は、従来においてはマスクを用いて選択的に被着するか又は基板上に全体的に形成された導体をマスクを用いて選択的にエッチング除去して形成していたが、マスクを用いることなくレーザスクライブにより形成すること、<2>透光性基板上面に全面にわたって透光性導電膜を真空蒸着法等により形成し、その後レーザを走査して照射することにより各素子の第1の電極を構成するように透光性導電膜を完全に切断分離すること、<3>第3図(B)及びこれに関する記載には、隣合う素子を直列接続するための溝の長手方向に直交する側にもレーザビームを走査照射して透光性導電膜に溝を設けることにより、第1電極を半導体で覆う構造として、この側でのリークを防止すること、が記載されており、これらの記載を総合判断すると、透光性基板上に設けた複数の半導体光電変換素子を直列接続した光電変換装置を製造する場合において、透光性基板上全面に真空蒸着等で形成した透光性導電膜に、レーザビームを走査して照射することにより各々の素子の第1電極を構成するように完全に分離することが記載されている。
本願発明と上記引用例記載のものとを対比すると、両者は共に、基板の絶緑表面に半導体膜を主体とする複数の光電変換領域を配置しそれ等の領域を電気的に直列接続せしめた光起電力装置の製造方法であって、上記絶縁表面に被着された電極膜を各光電変換領域毎に個別に分割せしめるべく該光電変換領域の隣接間隔部にレーザビームを照射すると共に、上記隣接間隔部に対し直交する方向にもレーザビームを照射する工程を含んでいる点で一致しているが、本願発明においては、光電変換領域の隣接間隔部及び直列接続を構成する各光電変換領域の電極膜から成る電極膜群の最外周に該電極膜群が囲まれるようにレーザビームを照射するのに対して、引用例には、電極膜群の最外周に電極膜群が囲まれるようにレーザビームを照射することに関しては記載されていない点において一応相違する。
そこで、上記相違点について以下検討する。引用例記載の発明は、絶縁基板上に各光電変換領域毎の透光性電極膜をマスクを用いて形成することに代えて、マスクを用いることなく絶縁基板上全面に被着した透光性導電膜にレーザビームを照射することにより行うものであって、しかも、各光電変換領域の隣接間隔部に直交する側(各光電変換領域の直列接続方向に平行な側)にもレーザビームを照射して透光性導電膜に溝を形成することによりこの側におけるリークを防止することをも意図しているので、レーザビームは絶縁基板上全面に被着した透光性導電膜を各光電変換領域毎に完全に分割するように照射する即ち各光電変換領域の電極形状の外周を形成するように走査して照射していることは明らかである。そして、基板上の全面に被着された透光性導電膜にレーザビームを各光電変換領域毎の電極形状の外周を形成するよう体に照射するために、レーザビームを具体的にどのように走査させるかは当業者が実施に当り適宜選択し得ることに過ぎない。
また、レーザビームを特に本願発明のように各光電変換領域の電極膜からなる電極群膜の最外周に電極膜群が囲まれるように照射するようにしても何等格別の効果を奏するものでないことは明細書の記載からも明らかである。
したがって、本願発明は、上記引用例に記載された発明と実質的に同一のものであり、しかも本願発明の発明者が、上記引用例に記載された発明をした者と同一であるとも、又、この出願の時において、この出願の出願人が上記引用例の出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。
よって、緒論のとおり審決する。
平成5年10月21日